だから私はあなたを想っている
あっという間に季節が巡ってしまった。
好きな音楽を聴いたり、好きな人に会ったりしているとすぐに時間が過ぎる。
毎日あれこれと色んなことを考えているはずなのに、いざ振り返ろうとすると何を考えていたのか思い出せない。
きちんと言葉にしたいな、と思いながらもなかなかできていないことがあって、それはまた別の形で、今年中には、と思っているけれど、今日はどうしても書きたいことができたのでこうして久しぶりに書いている。
橋本絵莉子さんのソロのデモCDが今日、わたしの家に届いた。
オンライン限定で500セットのみ発売され、即完してしまった限定セット。
橋本さんがスタンプを手押ししたジャケットのデモCDに、ロンT、橋本さんのサイン、ぷらいば誌というチャットモンチーが完結して以降の日記、ぷらいば誌(秀逸だし、橋本さんらしさが全開である)が特製の巾着に入ったセット。
完結して以降、橋本さんがどこで何をしているのかが全然わからなかったので、去年の7月から今年の8月までの日記が綴られたぷらいば誌を読んで、わたしが過ごしてきたこの1年を橋本さんはこんな風にすごしてきたんだなあと、文字を追っているだけでなぜかぼろぼろ泣いてしまった。
完結してから、橋本さんがこうして音楽に向き合うようになるまでの過程がなんとなくわかったことも嬉しかったし、橋本さんもわたしと同じような日常と、ここに至るまでの非日常を過ごしてきたんだなということがわかったことも嬉しかった。
最近のわたしは、皆が知っている通り、カネコアヤノに夢中だけれど、彼女への気持ちと橋本さんへの気持ちは根本が異なっている。
カネコさんへの気持ちが恋ならば、橋本さんへの気持ちは愛だ(カネコさんへの気持ちもいずれ成熟して、愛になる予感がしているけれど)。
わたしは恋人や好きな人ができても、ずっとその人のことを好きでい続ける自信がまるでない。だからどこか俯瞰したような目線で捉えてしまうことがあるし、それ故に自分本位な行動を取ってしまうこともある。
恋の輝きは何にも代えがたいけれど、それは儚さや脆さを同時に身に纏っているからだ。些細なことで気持ちは変わるし、昨日の好きは今日の嫌いだ、と常々思っている。そんな前提が自分の中に渦巻いているからなのか、相手もきっとそうだろう、なんてくだらない想像をしてしまう。
だからわたしは愛というものを、言葉では死ぬほど聞いていても、いまひとつ実感することができないでいた。
ただ今日、この音楽を聴いて、ああきっと愛とはこの気持ちのことをいうのかもしれない、とぼんやり思った。
その人がただ、生きていてくれるだけで死ぬほど嬉しいこと。その人の言葉の一つひとつが大切で、ぎゅっと抱きしめたくなるようなこと。これからもできるだけ、ずっと傍にい続けたいと思うこと。自分の意思ではどうしようもできないような、好きであるというこの気持ち。
それを実感させてくれる彼女は、やはり人生の師であるし、この上なく大好きな人だ。
デモCDには2曲「かえれない」「引っ越し」という曲が入っていて、橋本さんの隠しきれない正直さが滲み出ていて、とても気に入っている。
特に「引っ越し」という曲は、ぷらいば誌にも記載があった通り、実生活で引っ越しをしたことがこの曲を書く大きなきっかけとなったことは間違いないのだけれど、この曲がチャットモンチーから橋本絵莉子への引っ越し、という風にも聴こえて聴くたびに胸がいっぱいになる。
最後の一節、部屋を開ける、と歌詞にはあるのに、あなたを開ける、と歌うところがたまらなく橋本さんで、もうわたしはこの人には敵わない、と思う。
橋本さんが生きていてくれて、さらに音楽を届けてくれる、というのはわたしが同じようで違う毎日を過ごしていく理由になる。生活に意味が生まれる。意味が生まれた生活は、意味のないそれよりもどれだけ豊かで、色鮮やかで、美しいものになるだろうか。
私はあなたのことが好きだし、何よりあなたの音楽が好きだし、それはこれからもきっと揺るがないだろう。
今までひとつでも失くせないものってあったかな、と考えてみたけれど、その内の一つは間違いなく、橋本さんと橋本さんの作る音楽だな、と思った。
橋本さん、また音楽をはじめてくれて、こうして聴かせてくれて、本当にありがとう。
Demo Series Vol.2も楽しみにしています。
追記
橋本さんのサイン、年女って書いてあって、そうか年女なのかと思う反面、本当にかわいいなこの人は!と思いました。