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どうせ嫌いになんかならないだろ

近頃の風は冷たい。朝、外に出て吸い込む空気も冷え切っていて、呼吸するたびに体温を奪われるような気持ちになる。いつから冬は我が物顔で居座っているのだろう。

寒いのは苦手だ。手足が冷えて仕方がないし、着ても着てもどこか頼りないし、引っ越しの時にこたつを処分してしまったから家にいても大してあたたかくない。

こんな季節に、人生の大きな転機を迎えてしまった。

本当は春とか、そういうぽかぽかした陽気のほうが、はじまり感があったり高揚感があったりしてよかったのかもなあ、と今になって思うけれど、やったこともなかったのでそんなことすらわからなかった。

 

転職を、してみた。

職場に大きな不満があった訳ではない。むしろ、とても恵まれた環境にあったと思っている。上司も優しくサポートしてくれるし、課の人たちは皆おもしろく良い人だったし、自分の都合に合わせて休みも取りやすく、好きな服装で通勤もできた。

営業という仕事は明らかに自分の性格には合っていなかったけれど、親しみをもって接してくれるお客さんは多少なりともいたし、昔から紙が好きだったので印刷物で溢れる社内に居心地の良さも感じていた。

 

そんな日々に終わりを告げよう、と決めたのは7月の終わりのことだった。

敬愛していたバンド、チャットモンチーがその活動に終止符を打ったことが大きなきっかけだった。彼女たちの、最後まで自分たちのやりたいことを追求する姿に感じるものが多すぎたのだ。

彼女たちのキャリアであれば、このままメジャーで活動を続けていくこともできただろう。けれども、彼女たちはそれを望まなかった。音楽に対して、ファンに対して、なにより自分たちに対して、その選択は不誠実だと思ったのだろう。現状を捨てて終わりを選ぶということは、あまりに彼女たちらしい、不器用でかっこいい選択だった。そしてその選択は間違っていなかったと言わんばかりに、ステージ上では最後まで、これまで見たことのないチャットモンチーを更新し続けた。

彼女たちにそんな生き様を間近で見せられて、何も考えない訳にはいかなかった。生きる、とはどういうことなのだろう。働く、とはどういうことなのだろう。果たして自分は、彼女たちのように懸命に生きているといえるだろうか。

答えはもう明らかだった。私はただ居心地の良いぬるま湯に浸かっているだけで、本当にやりたいことは出来ていなかった。

 

私は音楽が好きだ。どうしてこんなに好きなのかはわからない。

けれど、坂元裕二の言葉を借りれば、好きだということを忘れるくらいずっと好きだ。音楽とは「出会ってしまった」から、もう引き返せない。これまでも、これからも、ずっと音楽のことは好きだし、それは人生最後の日まで変わることはないだろう。だとしたら。

労働、という人生の中で多くの時間を費やすものを、音楽のためにするべきではないか。音楽がより多くの人の耳に届くよう、誰かが大切な一曲と出会えるよう、限りあるこの時間を使うべきなのではないか。率直にそう思った。

学生時代の就活は、どうにもこうにも苦しい日々だった。

同じ国で同じように暮らしてきた同年代の人たちとどうやって差別化したらいいのかわからなかったし、周りの友人たちのように要領良く、こういうものだと割り切ってこなすことができなかった。

音楽のことも当時から好きだったが、仕事にして音楽のことを嫌いになってしまったらどうしよう、という漠然とした不安があった。そして、今でこそ音楽を他の同年代よりも知っているし好きであるという自負があるが、当時はそこに対しても自信がもてず、自分よりも音楽が好きで詳しい人がたくさんいる気がしてならなかった。端的に言えば、音楽を仕事にする覚悟が足りなかった。

けれど今回は、自分の気持ちを正直に話して、一緒に働きたいと思ってもらえる人たちと働きたいと思ったし、それでだめならまた考えればいいかと気軽な気持ちで、ちょうど求人していたレコード会社に応募した。自分の大好きなアーティストが多く所属していて、好感を持っていたレコード会社だった。

面接では緊張こそしたものの、ありのままを話すことが出来た。面接官の方がとても面白がってくれて、そこからトントン拍子に話が進み、9月の中頃には内定をもらうことができた。

直属の上司には、内定をもらったその日に退職する旨を伝えた。ちょうど人が足りない時期だったので、こんなタイミングで言い出すことに申し訳なさがあったし、正直とても怒られると思って恐る恐る申し出た。すると、始めは戸惑いこそあったものの、どうして辞めようと思ったかを説明すると、怒られるどころか応援するよと言ってくれた。俺はいつだって私の味方だ、と言ってくれた。その言葉が本当に嬉しくて、ありがたかった。(この感謝の気持ちは、きっとこれからも忘れないだろう。)

ずっとお世話になっていた先輩や上司にも伝えたが、反対したり嫌な顔をしたりする人は誰もいなかった。みんな応援する、と言ってくれて、それだけでこの会社でこの人たちと出会えてよかったなと思った。

そこからの引継ぎ、有休消化(を兼ねての海外一人旅をした。この旅についてはまたの機会に)はあっという間で、あれよあれよと時は過ぎ、先週からついに新たな職場で働いている。

まだ右も左もわからないし、同じ部署の人の名前すら覚えられていないけれど、飛び交う情報や仕事を目の当たりにし、音楽をつくる現場に来たことを実感している。

これからどうなるのか、何ができるのか。

何もわからないけれどとりあえずワクワクしていることだけは確かだ。

この寒い冬に、新しい人たちと、新しい仕事と、新しい通勤路と。

新たな人生の一歩を踏み出したからにはがんばりたいし、応援してもらえたら嬉しい。

よろしくお願いします。

 

あとがき

ここまでの道のり、ひとりでは無理なことばかりでした。自分のことのように応援してくれた友人・先輩に大きな感謝を。ありがとう!

 そして新たな一歩を踏み出すきっかけをくれたチャットモンチー済のお二人、本当にありがとうございました。

いつかお二人とお仕事が出来るように、一歩ずつ前に進みます。